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見-30 PL、元気出して・・・

 今年も高校野球の季節になったが、「名門PL学園高校野球部が休部」との報道を目にした。
 我々の世代にとって、PL学園は甲子園の常勝チーム・憎たらしいほど強い学校だった。その学校の野球部が休部、やむを得ない事情があるようだが寂しさを感じる。

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 野球は好きだったが、高校球児ではない。ではなぜPLが気になるかというと、自宅から数分のところにPL教会があるからだ。

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 PLが甲子園で全盛だったころ、なぜか身近に感じることがあった。この教会が地元に存在することでPLびいきになっていたのかもしれない。だとしたら全国中に信教者ではないPLファンが大勢いたはずだ。

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 久しぶりに近づいてみた「パーフェクト・リバティ教会」は、人気がなくひっそりとしていた。屋根上のシンボルモニュメントは、確かに輝きを失っていた。頑張れ、PL球児たち!と言いたい。
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見-29 「雪うさぎ」早っ!

 連休中に片付ける仕事があったが、結局最終日に持ち越した。「二日休んだのだからそろそろ仕事モードに!」などと思ってみても、やっぱりカレンダー「赤い日」は普通に休みたい。
 思いのほか早く片付いての帰り足、EV待ちしながら西方を望むと「雪うさぎ」がくっきりだ!暖冬だったとはいえまだ3月、「種まきうさぎ」の出番はまだ早いのでは?
 
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 そういえば20年以上前、この「雪うさぎ」の写真を追いかけたことを思い出す。平成7年ふくしま国体の準備段階のころだった。あの頃は桃や菜の花とのツーショットを探していたのだが、今年のうさぎは花々より大分せっかちだ。

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 うさぎの目が見えるところまで行ってみようと思ってしまうのは、国体後遺症かもしれない。微妙な移り具合はスマホのせいにしよう。もっとも一眼レフの望遠でも、実績はなかったのだ・・・・。

見-29 橋の表情

 新十綱橋には、地元の人にしかわからないようなモニュメントがある。櫓の上に屋根付き樽が乗っているもので、観光客などにはおよそ見当つかないだろう。これでいいのだろうか?

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 モデルは飯坂温泉発祥の地に立つ分湯槽だ。最古の湯とされる「鯖湖湯」の隣に立つ分湯槽は、源泉から送られる「湯」を一時貯蔵し周辺の旅館に送るもので、町内には数か所ある。この分湯槽は最古の湯の景観と合わせたもので現物は見上げるほどのレトロタワーだ。
 
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 飯坂温泉にはもう一つモニュメントが印象的な(?)橋がある。「赤川橋」である。下の写真を見て欲しい。これは何だろう。地元の人でもわからないのではないだろうか。台座部分にある円形は鎌倉時代にこの地を治めた「佐藤一族」の家紋であるので、おそらくはその居城「鵬城(おおとりじょう)」をイメージしたものかもしれない。

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 完成したころは誰もが承知していたのかもしれない。時が過ぎるとこだわった人たちの想いが忘れ去られるのが残念だ。先の新十綱橋といい赤川橋といい、個性的な意匠にはその設置に至った背景や物語が必ず存在する。そしてその物語はその場所の個性・魅力なのだから、表示して紹介するべきだと思う。

見-28 アーク・ノヴァの開催に思う

  スイス国ルツェルン市にある音楽財団が企画した“音楽で震災被災地の復興を支援するイベント”に、幸運にも参画することができた。ルツェルン・フェスティバル「アーク・ノヴァ2015in福島」である。

 このイベント最大の特徴がこの不思議なドーム、何とこれが移動式のドームホールなのだ。大きさは40㍍×30㍍で高さは18㍍ある。膜状構造の言わば大きな風船で、常時送風し形状を保っている。

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 印象的なのはドームの内部だ。世界的に著名な芸術家のデザインによるもので、中に入ると受ける印象が外観から激変する不思議な感覚に浸ってしまう。生き物の内部に入ったような、クジラに飲み込まれたようなピノキオ!?的な感覚だ。

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 内部には固定ベンチ500席とステージが設けられ、11日間にわたり15もの公演が行われた。クラシック音楽とは縁のない自分は「何でここでクラシックなの?」的な関わり方だったが、連日発生した入場待ちの長蛇の列を見て、このイベントのすごさに驚かされた。

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 同時期に他の文化イベントがあったため、運よく主催者側ほかと深く関わることができた。これは、想定外のことではあったが、自分にとっては大きな収穫だった。この“ご縁”を大切にし、今後何かの形で活かしたい。期間中、あまりの好天に内部の温度が想定以上に上昇したが、隣接する消防署の協力で事なきを得た。これも本市の総合力として主催者から評価されたことが、印象的なイベントだった。

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 終了後、我が老母が期間中8度もこの公演を観覧したのを知り驚いた。「来年もやるんだべ!」との言葉に、何かを期待している自分がいた。
 

見-27 レンガ造りの神社

 市内下野寺字山神のJR奥羽線近くにあるその名も“山神神社”である。集落の片隅よくあるようなこじんまりとした佇まいだが、その造りが珍しい。

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 なんと社がレンガ造りなのだ。鳥居前にある神社由来記によると、奥羽線が敷設され始めた頃の明治25年この地にレンガ土管の新事業を創設した稲葉氏が、レンガ職人や地区住民の無病息災と山仕事の安全を祈願し創建されたものという。
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 裏にまわるとこの神社の特徴がはっきりと見える。社であることを忘れてしまう。こういう神社もありなのだ。
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 そして見逃せないのが社前に立つ一対の素焼きの灯篭だ。他では見られないもので、創建当時のレンガ職人の真骨頂が伝わってくる。
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 このようなものが市内にあったとは・・・。もちろん地元の人たちは知っていただろうが、地元以外の人に教えられたのが腹立たしい。ごく当たり前のものも、別の眼で見るとお宝に見える。もっと地元に詳しくなって、自信を持って自慢をしたいものだ。いや、お宝が見えないのは地元に誇りや愛着がないからなのかもしれない。
 ※山神神社所在地:市内下野寺字山神1-2
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