2014年08月16日の記事 (1/1)

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?-4  変な家と呼ばれたい!?

 自宅を新築して6年目になる。設計会社に注文したことは「変な家を作りたい!」だった。土地の形状、財政事情、その他もろもろの結果がこれである。 

 一見してわかるとおり建物全体が湾曲している。やたらと柱が多くどこが入口なのかわからない、横に長いが幅は奥行きはあまりないなど不思議な感じが気に入っている。(もしかすると、中に入っても斜めのラインが多いなど不思議な感じがするかも・・・)

 湾曲具合は、ネットの地図で上から見るとすぐわかる(福島市飯坂町字西坂下)。いつか屋根に目玉を書いてわかりやすくしたいと考えている。手前の空き地は、着工未定の庭園工事予定地だ。

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?-3  我が家のシンボル

  我が家のシンボルはたぬきの置物である。家族の公認はもらっていないが庭に5体もあるのだから、依存はないだろう。
  5匹のうち4匹は亡き父が買ったもので、1匹(写真右端)は自分がはるばる滋賀県まで出かけてつれてきた信楽焼きである。この三匹は、今風のかわいらしい作風とは違う古いタイプのもので、信楽でも結構探して買ったことを覚えている。
  退職したら近所が驚くような、出来れば観光名所にもなるような、大物を招こうかと考えているが、敵のハードルはかなり高い!

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見-12  奥の細道

 「奥の細道」、かつて俳聖松尾芭蕉が門人とたどった道である。芭蕉は福島市内でもいくつか句を読み、飯坂温泉にも宿をとっている。粗末な宿で雨もりやヤブ蚊などで散々な目にあったようであるが・・・。
 飯坂温泉駅前には来訪者を迎えるかのようにその銅像が立っているが、芭蕉が歩いた道を知る住民はどれほどだろうか?まちの中では芭蕉が歩いたルートを示す道標(写真下)を見ることができるが、観光アイテムとして活用されたとは聞かない。
 「奥の細道」はあまりにメジャーなものなので、地元の観光資源とは胸を晴れないかもしれないが、そもそも「奥の細道」は日々のマイナーな出来事を記録したものである。福島での出来事も、どこにもない唯一無二の出来事なのである。
 東京からUターンした人が、この「奥の細道」の復権を叫んでいる。彼が言いたいことは、「地元の人は、自分の地元の事にもっと興味・関心を持ち、深く知って発信すべきだ!」なのだと理解している。
 地元外の人だから見えることは確かにある。言われたからやるのもしゃくだが、ここは地域活性化のアイディアと割り切り、言われたことに素直に耳を傾けることが大切だ。動けば動くほど、意見やアイディアが集まってくるのだ。

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