2014年09月の記事 (1/1)

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OB会出欠状況(9月26日現在)

9月26日現在の出欠状況は下記のとおり
◇出席/宍戸哲男先生、日下部義満先生、工藤孝幾先生、38卒:雁畑康男、42:斎藤勲、43:松田脩司、45:猪狩泰一、小松豊正、千葉育雄、47:伊藤三郎、氏家忠芳、鈴木輝夫、荻原正臣、高橋研二、西坂米昭、小倉建夫、菊地裕、48:入間川博、村上裕、49:栗崎敬、奥昌、51:鯉沼晴美、52:平間哲雄、53:佐々木芳弘、54:小野宏一、55:紺野喜代志、56:西坂豊志、58:斎藤房一、60:成田繁貴、61:横山徹、62:黒江俊雄、阿部達、H1:後藤正敏、H12:本田太郎、H25:佐藤邦夫   計35名
◇欠席/佐々木武人先生、38卒:宍戸正照、39:岩崎明、40:上西藤雄、亀田一彦、41:片寄忠典、42:佐藤進、43:池田寛治、44:向後重雄、46:川口正満、照屋義実、47:目黒茂、芳賀実、49:須藤薫、50:政井克哉、51:菅野正彦、52:鳥沢竹彦、三嶋廣志、54:倉田久郎衛、55:村山忠司、佐藤裕一、福田徹、56:鈴木幸紀、田代好英、58:比佐功、59:新妻英昭、61:黒川康宏、H8:坂本剛、H9:奥友ちあき、H12:鷲嶽正道、藤原伸也、H13:小原俊、前田直子、H14:熊坂岳夫、H15:宮腰とき雄、中村豪佑、H16:中村夏子、H18:根本文恵、H21:荻原綾、H22:中原元気  計40名
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見-16  明治期の芝居小屋で映画鑑賞

 明治期の芝居小屋で映画を見た。福島市郊外の「福島市民家園」にある“旧広瀬座”である。この施設は、市の文化財ではあるが、現在も使用が可能なので狂言や能楽の上演なので現役として使われている。古典芸能には興味が薄い自分だが、今回は映画上演だったので家族を誘って出かけてみた。

 実はこの施設は、新市長曰く“本市で最も伸びしろのある観光資源として期待している”施設の一部なのである。文化財的な視点を観光誘客の視点に発展させ、もっと魅力ある集客スポットになり得るとの発想だ。今回の映画上演もその一環である。

 もともとこの場所に移築直前は映画館として使用されており、スクリーンのつなぎ目が気になった以外は何の問題も無かったと思う。同行した家族は「畳堰なのでお尻が痛い」、「隙間風で寒い」など言っていたが、そこがこの施設の魅力なのだと言ってやった。

 ひとつ注文するなら、この施設の概要・特徴(薄日が入る、膝元が寒い、お尻が痛くなる、足を伸ばしてご覧ください、次回は座布団・ひざ掛けを持参願う など)をアナウンスして欲しかった。また、飴玉の一個でも何かオリジナルのもてなしが欲しかった。

 9月28日には山形県から「黒森歌舞伎」が来るという。リピーターの確保にあの手この手で工夫してもらいたい。これまでの運営方針を大幅に変えることには抵抗があるかと思うが、市長の新たな意向を追い風にして、今までのうっぷん(?)を晴らすぐらいの気概で頑張って欲しい。

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?-9  我が家にも秋の彩り

 我が家の庭にも秋の彩が見えてきた。庭の手入れはまったく手付かずに近い我が家だが、うっそうとしたの紫とこぶりのわりに多く実ったオレンジ色のざくろ、そしてこの時期恒例の彼岸花である。

 この時期必ずこの場所に咲く彼岸花。この花が咲くと周りをそのままにできず、これでもかなり除草したのだがお分かりだろうか?自宅は5年前に新築しかつての面影はほとんどないのだが、老母がざくろの木とその傍らの牡丹(萩でも彼岸花でもない、萩の陰で見えない)を残したいというので今に至っている。

 彼岸花が自分にとって印象的なのは、ある日突然芽を出しパッと咲いて跡形もなく無くなる感があるからだ。そして、毎年同じ時期に咲くのも良い。忘れ症の自分に彼岸の入りを思い出させてくれるこの花は、我が家の庭にこの先もずっと割いて欲しいものである。

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魅-10  飯坂復興ストーリー

 ふるさと飯坂温泉に大火からの復興の歴史があることは知っていた。それは亡き父から聞いたことがあるからだ。しかし、詳しくは知らない。「自宅から離れた温泉街が焼けた!」ぐらいの感覚だった。

 いつもの散歩の途中、神社裏手の公園の片隅で「飯坂の碑」を発見した。大切にされているとは思えない有様だが、傍らにある解説板により、飯坂大火からの復興を記念したものだとわかった。

 碑文は漢文で、題字は黒田清隆内閣総理大臣、文章は東京帝大教授岡松辰による。飯坂に伝わる伝説から明治に至るまでの歴史、そして飯坂大火からの復興の経過が記されており、明治23年に町制施行を記念して建てられたらしい。

 これを見つけて、話に聞いた飯坂大火に関するものを見つけた嬉しさがあったが、それより解説板にあった「大火からの復興という街の発展のなかにあって、後世への教訓をしっかり伝えている」ところが心に響いた。

 “先人は大いに努力して苦難を乗り越えた。後世の人は慎み深くして道理にはずれたり奢り高ぶってはいけない。(中略)もし自分の利益ばかりを考え、偽りを仕掛け欲をむさぼり、人の道を踏み外すならそれは恥以外の何物でもない”とあるのだ。

 震災からの復興過程にある今なのだからかもしれないが、自分には子どもに伝えなければいけないふるさとの復興経過がもうひとつあることを知ったのだ。

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OB会:出欠状況(9/20)

 9月20日現在の出欠状況は下記のとおり
◇出席/38卒:雁畑康男、42:斎藤勲、43:松田脩司、45:猪狩泰一、小松豊正、千葉育雄、47:伊藤三郎、氏家忠芳、鈴木輝夫、荻原正臣、高橋研二、西坂米昭、小倉建夫、菊地裕、48:入間川博、村上裕、49:栗崎敬、奥昌、51:鯉沼晴美、52:平間哲雄、53:佐々木芳弘、54:小野宏一、55:紺野喜代志、58:斎藤房一、60:成田繁貴、61:横山徹、62:黒江俊雄、阿部達、H1:後藤正敏、H12:本田太郎   計30名
◇欠席/顧問:佐々木武人、38卒:宍戸正照、39:岩崎明、40:上西藤雄、亀田一彦、41:片寄忠典、42:佐藤進、43:池田寛治、44:向後重雄、46:川口正満、照屋義実、47:目黒茂、芳賀実、49:須藤薫、50:政井克哉、51:菅野正彦、52:鳥沢竹彦、三嶋廣志、54:倉田久郎衛、55:村山忠司、佐藤裕一、福田徹、56:鈴木幸紀、田代好英、58:比佐功、59:新妻英昭、61:黒川康宏、H8:坂本剛、H9:奥友ちあき、H12:鷲嶽正道、H13:小原俊、H14:熊坂岳夫、H15:宮腰とき雄、中村豪佑、H16:中村夏子、H18:根本文恵、H21:荻原綾、H22:中原元気

見-15  福島市は米沢藩だったのだ!

 熊本の友人が来福したので、会津または米沢の半日観光を勧めてみた。九州人なので会津かと思いきや、彼が選択したのは米沢だった。それもメジャーな上杉神社ではなく、“上杉家の墓所”が見たいと言う。

 福島市は板倉藩三万石で幕末を迎えたが、長く上杉米沢藩三十万石の所領であり、市内のあちこちに当時を偲ぶ旧跡がある。飯坂の自宅から40分ほどで「上杉家廟所(びょうしょ)」に到着。その場所を目にした瞬間に違う世界に入った。

 上杉神社には今年でさえ三度も訪れているのに、ここに来るのは何年ぶりなのかすら分からない。ここは上杉家十二代歴代藩主の墓所である。まっすぐ伸びた杉林を抜けると十二の霊廟が見えてくる。中央が謙信公だ。たまたま我々以外の来訪者も少なく、その静寂さが自然と気持ちを引き締める。

 御堂の造りは二種類ある。八代重定公までは入母屋造り、九代治憲公からは構造が簡略化された宝形造り(写真中手前)で材質も落とされていると言う。治憲公とは、倹約令により藩の立て直しを図ったあの上杉鷹山公(成せば成る、成さねば・・・で有名、写真下)である。

 現在建設中の東北中央自動車道が平成29年に完成すると福島・米沢間が20分で結ばれる。まさに上杉藩の復活だ!福島→米沢→喜多方→会津→猪苗代→福島の周遊ルートは、歴男歴女におすすめの観光ルートになる。

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?-8  親父の復権!?「日本海軍橘型駆逐艦“柿”」

 以前紹介したとおり、9年前に他界した父は海軍軍人だった。そして彼が搭乗していたのが駆逐艦“柿”。その名には軍艦らしさが感じられず、存在すら疑っていた。

 その後、ネットで存在を確認したことを話題にしたら、長男がそのプラモを入手し送ってくれた。箱の割りに中身は小さいが、まさに駆逐艦“柿”である。

 なぜか、作り方の英文が併記されている。聞くところによると、日本製のプラモデルの精巧さは世界トップで特に戦艦や戦闘機シリーズは海外で人気が高いらしい。復刻版らしいこの“柿”も海外向けなのだろう。

 第二次大戦末期、日本海軍は駆逐艦の急造に迫られた。これまで1年2~3月要したものを、最短で3月にまで短縮したと言うのだからものすごい。しかも性能を上げながらというのだから恐れ入る。

 “柿”は最も短い期間で計画された74隻のうちの1隻である(竣工したのは32隻)。昭和20年3月5日神奈川県横須賀工廠にて竣工するも、すでに活躍が期待できる海域はなく主に各地の軍港に防空砲台として配備されたらしい。そして、終戦後復員船として活躍後、賠償艦として米軍に引き渡された。

 「生前父は銃撃戦を経験したと話していたが、あれは空言だったのか?」と思っていたら、別の資料には、駆逐艦“柿”は小破の状態で終戦を迎え、とあった。確かに父は戦っていたのだ。自分の中で亡き父が大きく想え何とも言えない気分だ。(合掌)

 橘型駆逐艦14隻  柿、樺、橘、蔦、萩、菫、楠、初桜、楡、梨、椎、榎、雄竹、初梅 
 松型駆逐艦18隻  松、竹、梅、桃、桑、桐、杉、槙、樅、樫、榧、楢、桜、柳、椿、檜、楓、欅

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美-3   秋だって花盛り

 福島と言えば「花の春、紅葉の秋」だと勝手に思っていたが、それは間違いだった。

 この時期の福島は、秋の花盛りである。春は桜や桃など樹木系が中心だが、秋は草花系の彩が印象的だ。カメラ片手のウォーキングでもあちこちで歩みを止めることとなる。春の花々はいわば他力本願であったが、秋の花々は自分でもやる気になれば手に届く、そんな気にさせてくれるのがいい。

 いつか自宅にも、人が歩みを止めるような「彩」が欲しいものである。

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?-7  柴犬恐るべし!

 最もオオカミに近いDNAを持つ犬は柴犬だという。有害鳥獣(サル、イノシシ、クマなど)の被害に苦しむ山里には、専門の訓練を受け活躍している「モンキードッグ」がいる。そして、その9割が柴犬なのだ。

 自分が小学生の時、父が柴犬を買ってきた。祖父が亡くなり鍵っ子になった自分を気遣ってのことらしい。そのとき犬に血統書なるものがあることを始めて知った。我が家の一員となった彼の血統書名は「富作号(とみさくごう)」。渋い名前ではあったが、家族一致で「雪風号(ゆきかぜごう:その日の天候から)」と改名した。

 成犬になったある日、家から離れたところで瀕死の状態で発見されたことがあった。発見者の話によると、数匹の大型犬とケンカして痛めつけられていたという。(※その頃は、夜間の放し飼いは普通だった)「大型犬とケンカするなんて、自分を知らないバカ犬だ!」と思ったことを覚えている。

 ずっと日本犬の中で一番の弱小犬、「かわいさだけが取り柄」と思っていた柴犬。今日あのオオカミに近いことを知り、大型犬に向っていったことも彼の血だと合点がいった。彼と分かれて40年以上、自分の中で柴犬は、勇猛果敢な忠犬として見事に復権した。

実-4  主役交代「ナシ」の出番だ!

  「福島では季節の変わり目をくだもので感じる!」と自慢していたが、近頃はなかなか難しい。事実近くの果樹園では晩期の「桃」、旬の「ナシ」、そして赤くなりはじめた「りんご」を目にするからだ。

 しかし、口にすれば自ずと主役は判明する。9~10月は「ナシ」なのだ。フルーツ王国福島と言えば「桃」が代名詞のように思われるがれるが、最初にメジャー化したのは「ナシ」なのだ。「ナシ」の成功をきっかけに果樹栽培が注目され、「桃」、「りんご」、「ぶどう」と広がったようだ。

 寒暖差の大きい盆地特有の気候のおかげで、寒地性のりんごも暖地性の桃やナシも収穫できる。そして長年のノウハウの蓄積は福島の農家の高いポテンシャルとなっている。福島の農家が作るものは、野菜も含め何でも一流品のはずだ!是非確かめて欲しい。

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見-14  飯坂温泉四つの十綱橋

 飯坂温泉駅を出るとすぐその橋はある。摺上川にかかる十綱橋(とつなはし)である。かつては吊橋で十本の綱を編んで支えていたがその名の由来である。大水で何度も流された歴史があり、橋の安泰の願い人柱として入水した「盲人伊達一」の悲話も伝えられている。 

 飯坂温泉には四つの十綱橋がある。この四つの橋めぐりは、飯坂に行く機会があったら是非おすすめしたいウォーキングコースだ。(駅前スタート・ゴールで所要時間80分 約9,000歩)

 1.十綱橋/駅を出てすぐ右手、歩道が狭いので対向車に注意。「昔はここから川に飛び込んで遊んだ」と戦前生まれの人は言う。上流に見える「波来湯(はこゆ)」、下流側に広がる河川空間が印象的。

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 2.新十綱橋/「1」を渡って交差点を左へ。温泉街をとおり愛宕山に向って坂を登った交差点の左手。十綱橋の中では最も新しい。山の麓には「伊達一の顕彰碑」がある。

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 3.中十綱橋/「2」を渡ると飯坂温泉街のメイン通りだ。最初の信号まで直進し右折、橋(赤川橋)渡って左折。旅館吉野館の先を左折し坂をくだると見えてくる。小型車でギリギリ、最も川面に近い橋だ。

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 4.奥十綱橋/「3」を渡るとしばらく下流側に向うが左手の坂をのぼり県道へ。右折し上流へ向う。この間に新しい橋(鵬橋:おおとりはし、上流のダム建設にともなう国道バイパス工事で掛けられた)を左に見ながら直進。穴原温泉街へ入ってすぐ。水力発電所が目の前だ。※老朽改修工事中でした・
 
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OB会:出席者情報(9/13)

 今日までに出席連絡があった会員は次のとおり(順不同、敬称略)
小松豊正、伊藤三郎、斎藤 勲、後藤正敏、猪狩泰一、佐々木芳弘、日下部義満、千葉育雄、小野宏一、高橋研二、氏家忠芳、西坂米昭、栗崎 敬、鈴木輝夫、奥 昌
※このほか、一部出席連絡者と重複しますが、東京信陵柔道会より13名の出席報告が届いております。

 尚、当日は翌日に県知事選を控えるためかホテルの確保が厳しい状況です。本日現在、ツインルームでよければ5名程度確保可能なので、事務局までご連絡願います。
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