2014年09月21日の記事 (1/1)

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見-16  明治期の芝居小屋で映画鑑賞

 明治期の芝居小屋で映画を見た。福島市郊外の「福島市民家園」にある“旧広瀬座”である。この施設は、市の文化財ではあるが、現在も使用が可能なので狂言や能楽の上演なので現役として使われている。古典芸能には興味が薄い自分だが、今回は映画上演だったので家族を誘って出かけてみた。

 実はこの施設は、新市長曰く“本市で最も伸びしろのある観光資源として期待している”施設の一部なのである。文化財的な視点を観光誘客の視点に発展させ、もっと魅力ある集客スポットになり得るとの発想だ。今回の映画上演もその一環である。

 もともとこの場所に移築直前は映画館として使用されており、スクリーンのつなぎ目が気になった以外は何の問題も無かったと思う。同行した家族は「畳堰なのでお尻が痛い」、「隙間風で寒い」など言っていたが、そこがこの施設の魅力なのだと言ってやった。

 ひとつ注文するなら、この施設の概要・特徴(薄日が入る、膝元が寒い、お尻が痛くなる、足を伸ばしてご覧ください、次回は座布団・ひざ掛けを持参願う など)をアナウンスして欲しかった。また、飴玉の一個でも何かオリジナルのもてなしが欲しかった。

 9月28日には山形県から「黒森歌舞伎」が来るという。リピーターの確保にあの手この手で工夫してもらいたい。これまでの運営方針を大幅に変えることには抵抗があるかと思うが、市長の新たな意向を追い風にして、今までのうっぷん(?)を晴らすぐらいの気概で頑張って欲しい。

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?-9  我が家にも秋の彩り

 我が家の庭にも秋の彩が見えてきた。庭の手入れはまったく手付かずに近い我が家だが、うっそうとしたの紫とこぶりのわりに多く実ったオレンジ色のざくろ、そしてこの時期恒例の彼岸花である。

 この時期必ずこの場所に咲く彼岸花。この花が咲くと周りをそのままにできず、これでもかなり除草したのだがお分かりだろうか?自宅は5年前に新築しかつての面影はほとんどないのだが、老母がざくろの木とその傍らの牡丹(萩でも彼岸花でもない、萩の陰で見えない)を残したいというので今に至っている。

 彼岸花が自分にとって印象的なのは、ある日突然芽を出しパッと咲いて跡形もなく無くなる感があるからだ。そして、毎年同じ時期に咲くのも良い。忘れ症の自分に彼岸の入りを思い出させてくれるこの花は、我が家の庭にこの先もずっと割いて欲しいものである。

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魅-10  飯坂復興ストーリー

 ふるさと飯坂温泉に大火からの復興の歴史があることは知っていた。それは亡き父から聞いたことがあるからだ。しかし、詳しくは知らない。「自宅から離れた温泉街が焼けた!」ぐらいの感覚だった。

 いつもの散歩の途中、神社裏手の公園の片隅で「飯坂の碑」を発見した。大切にされているとは思えない有様だが、傍らにある解説板により、飯坂大火からの復興を記念したものだとわかった。

 碑文は漢文で、題字は黒田清隆内閣総理大臣、文章は東京帝大教授岡松辰による。飯坂に伝わる伝説から明治に至るまでの歴史、そして飯坂大火からの復興の経過が記されており、明治23年に町制施行を記念して建てられたらしい。

 これを見つけて、話に聞いた飯坂大火に関するものを見つけた嬉しさがあったが、それより解説板にあった「大火からの復興という街の発展のなかにあって、後世への教訓をしっかり伝えている」ところが心に響いた。

 “先人は大いに努力して苦難を乗り越えた。後世の人は慎み深くして道理にはずれたり奢り高ぶってはいけない。(中略)もし自分の利益ばかりを考え、偽りを仕掛け欲をむさぼり、人の道を踏み外すならそれは恥以外の何物でもない”とあるのだ。

 震災からの復興過程にある今なのだからかもしれないが、自分には子どもに伝えなければいけないふるさとの復興経過がもうひとつあることを知ったのだ。

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